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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)148号 判決

原告 明治商事株式会社

被告 公正取引委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨と答弁

一、原告

被告が公正取引委員会昭和四一年(判)第一号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反審判事件について昭和四三年一〇月一一日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因、認否、その他当事者双方の主張

一、行政処分の存在

(原告)

被告は、原告に私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独占禁止法という。なお単に法ということもある。)一九条、二条七項四号、不公正な取引方法(昭和二八年九月一日公正取引委員会告示第十一号、以下一般指定という)の八違反の行為ありとして、昭和四〇年一二月二一日原告に法四八条の勧告を行つた。原告がこれを応諾しなかつたため、被告は、昭和四一年一月二一日原告を被審人として審判手続を開始し(法四九条)、審判を行い審決案を作成し、昭和四二年三月二二日その謄本を原告に送達した。原告は審決案に異議を申立て、被告は昭和四三年一〇月一一日、本判決添附の別紙審決書(写し)のとおり本件審決をなし、同日審決書謄本が原告に送達された。

(被告)

原告主張の右事実はすべて認める。

二、本件審決処分の違法事由

1、審判手続上の違法

(一)、事件記録の閲覧、謄写

(原告)

(1)、原告は、本件審判手続の際、被審人として、審判開始後の昭和四一年二月一四日以後、法六九条に基づき、被告に右審判に関する資料、記録等の閲覧、謄写を求めた、しかし被告は僅かに、同年三月三一日、審判調書、速記録等審判手続の過程で被告により作成された書類と審判廷に既提出分の証拠について、これを許したのみで、その余のものについては閲覧、謄写を許さないまま審判手続を終結し、本件審決に及んだ。

(2)、しかし被審人は、被告が許した右のごとき書類に限らず、審判開始後は、審査官の手持資料を含む一切の資料の閲覧、謄写等をすることができるのである。その理由は

(i) 法六九条は、「審判開始決定後、被審人が事件記録の閲覧、謄写をなしうる」旨規定しているが、審判開始の時点においては、審査官の手持資料をおいて他に閲覧、謄写等をなすべき対象はないから、右規定の文理上、被審人が閲覧、謄写等できるのは右のごとき資料を含む一切であることが明らかである。

(ii) 審判手続においても、被審人の防禦権が保障され当事者対等の原則は貫かれなければならない。そのためには、審判期日前に被審人があらかじめ審査官手持ちの資料を閲覧、謄写等することが必要不可欠である。現に、本件においても、被審人はそれができなかつたため、たとえば、高額払込制度および報酬制度等の審理の際、防禦上不利益をこうむつた。

(iii) 審判手続の公正という観点からも、被審人には審査官手持ちの資料一切の閲覧、謄写等が許されるべきである。即ち、被告委員会は、違反事実があると思料するとき、みずから審査官を指定して、その調査及び資料の蒐集をさせ、これに基づき、審判開始決定をし、またみずから審判者として審決をするのである。審査官手持ちの右蒐集資料中には、審判廷に提出されないもので、被審人に有利なものもありうるのであるし、更に被告委員会の審判にかんする前述の組織、機構からいつて、被告のみが、その内容を知り得、その審決にかんする心証形成に実際上影響を与えるものも、ないとは限らない。したがつて、審判手続の公正を期するためには、前述のごとき一切の資料につき、被審人に閲覧、謄写等が許されるべきである。

(iv) 審判手続の迅速、経済の観点からも、被審人に審判期日前に、右資料の閲覧、謄写等が許されるべきである。本件においても、審判手続において、被審人代理人は、植原正実の供述調書が、すでに審査官の手持資料として作成されていることを知らずに、同人の審訊を求めこれが行われたのであるがもし右存在を事前に知つていれば、右審訊は省略ないし簡略化できたのである。

(v) 審決取消の訴訟において、被告から裁判所に送付する記録(法七八条)中には、審判廷に提出された以外の資料も含まれ、それらも右訴訟において裁判所の判断の資料となりうる(従前の判決中には、審判開始前の資料により実質的証拠を認めたものがある)。

したがつて法六九条の「事件記録」には、審判調書、速記録、審判廷に提出された証拠のみではなく審査官手持資料を含む一切の資料が含まれるというべきである。

また、仮に法六九条がそこまで規定していないとしても、それは当事者対等を原則とする審判手続の本質上の要請である。

右のごとく、被告が前述以外の資料を原告に閲覧謄写させなかつたのは、法六九条、又は審判手続の本質的要請に違反する重大な手続上の瑕疵であり、本件審決の当然の取消事由となる。

(被告)

(1)、原告主張の(1)、の事実は認める。但し原告に昭和四一年三月三一日閲覧を許したものの中には、審判廷に提出しない証拠の一部も含まれていた。

(2)、同(2)、の主張はすべて争う。

被審人が審判手続において、閲覧、謄写等のできる資料は、審判調書、速記録及び審判廷に提出された証拠資料に限られ、審査官手持ちの資料等その余の資料は含まれない。その理由は、審査官の調査、蒐集した資料には企業上の重大な秘密にわたるものが多く、被告の委員、職員には秘密の厳守が要請されている(法三九条参照)のである。このことを考えると、審判における被審人の防禦権を害しない限り、これら資料の閲覧、謄写等は軽軽に許されるべきではないといわなければならない。そして、審判手続は行政手続ではあつても、準司法手続であり、審決は、審判廷における主張、そこに提出された証拠に基づいてのみなされる(公正取引委員会の審査及び審判に関する規則四二条以下、六六条、六七条、六九条一項、七一条一項等参照)のであるから、被審人の防禦権は、審判調書、速記録及び審判廷に提出された証拠の閲覧、謄写等をもつて十分保障されるのである。

右のように、審判手続の本質からも右範囲の閲覧、謄写等のみが被審人に許されるべきであり、法六九条にいう「事件記録」も右範囲の資料を意味する。また法七八条により裁判所に送付し裁判の資料となるものも右「事件記録」である。

(二)、審判手続における弁論主義違反

(原告)

審判手続は行政処分にかんするものであるが同時に準司法手続の性格を有するものであり、その手続にはいわゆる弁論主義が適用され、審判請求者としての被告の主張しない事実を審決において認定判断することは許されない。また、もし、厳格な意味での弁論主義が適用されないとしても、被審人の防禦の機会を奪うような不意打ちは、右手続にかんする信義則上禁ぜられるのである。本件審判手続には、右原則に反する次のような瑕疵があり、しかもそれによつて原告は防禦の機会を閉ざされあるいは制限された。

右は重大な手続上の瑕疵であり、本件審決は取消されるべきである。

即ち、審判請求者としての被告の主張(審判開始決定書中の記載と審判廷における審査官の主張)は、「原告が、FII(原告の育児用粉ミルク、ソフトカードFIIの略称)の販売につき、その販売価格安定のためにとつた販売方策(昭和三九年七月中常務会決定、同九月頃実施)は、原告が定めた指示卸売価格、指示小売価格による販売を約束した卸売業者、小売業者のみを、右約束の履行をその登録存続の条件として登録業者に指定し、右登録業者以外には販売しない(なお、スーパー店、消費生活協同組合等には指示小売価格による販売を約束させ、誓約書を提出させて登録する)としている点において、法一九条、二条七項四号一般指定の八に違反するということであり、それ以前の商品であるFについてはもちろん、FM(原告の育児用粉ミルク、ソフトカードFM。なお、右販売方針採用時には発売されておらず、その後発売されたものである。)や、右方策の具体的施策としての高額払込制度、リベート制度についてはなんら触れていなかつた。そこで原告は、FIIにかんする右販売方策にかんしてのみ防禦方法を講じていたところ被告は審決において突如、FIIと限定せず原告の育児用粉ミルク全般について適用されるものとして本件販売方策を禁じ、またその具体的施策として、登録制度の外、高額払込制度、リベート制度を認定の上、これ等の事実をもつて、原告に右違反があると判断したのである。

(被告)

(1)、被告が審判開始決定書において、FM(それが後に発売された商品であることも)に触れず、また販売方策の具体的施策としての、高額払込制度、リベート制度に触れなかつたことは認める。但し、後者については第六、七回の審判期日において審査官は主張した。

(2)、しかし、そもそも審決は、経済社会における公正な競争秩序という公益の維持を目的とするものであり、審判手続の本質も、競争秩序維持という政策実現のための行政手続であり糾問手続に親しむものであつて、原告主張のごとき弁論主義の適用を受けなければならないものではない(なお、特許審判にかんする特許法一三一条、一五三条のごとき規定すらもないことも参照せられるべきである)。

(3)、仮に、審判手続に、なんらかの弁論主義的原理が適用され、手続上の信義則上いわゆる不意打ちが禁止されているとしても、審判請求者としての被告は、原告のいかなる行為が一般指定の八に当るかを主張すれば足り、この点については、「原告の育児用粉ミルクの販売方策ないし方法(昭和三九年七月常務会決定同九月頃実施)が、その再販売価格等を拘束している点において一般指定の八にいわゆる拘束条件付取引に当る。」という主張をしたのであつて、これをもつて、審判で問擬されている被審事実は十分に明らかにされているのであり、その阪売方策における具体的施策がどのような事実であるかは民事訴訟におけるいわゆる主要事実のごときものではない。したがつて、審判者としての被告が、右登録制度の外、右販売方策を構成するものとして、高額払込制度、リベート制度につき審理し、認定し、これに基づき審決してもなんら弁論主義的原理に違反しない。右具体的な施策について、このようにいえる理由は、第一は、具体的な施策は、種々あつて、これらが相互に密接に関連し総合して一つの販売方策となり、拘束条件を形成しているのであるから、これら個個の施策について主張を仔細に尽すことは難しいし、その個個のものにつき主張がないとそれについての判断ができないとすると、結局拘束条件の認定・判断は困難となり、ひいて審決において競争秩序の維持につき有効な排除措置を講じ得なくなるからであり、第二に右具体的施策即ち具体的拘束方法にかんする個個の事実について、主張なしに判断がなされても、右事実が審判開始決定書に摘示された事実と社会的、経済的にみて同一性をもつ事実である限り、右摘示事実により被審人は、いかなる行為がいかなる違反として問擬されているかを容易に知り得るのであるから、被審人に対し不意打ちとなつたり、その防禦を困難としたりすることはないのである。本件審判においても、審判開始決定書により、原告は、審判に問われている違反事実が、自社の育児用粉ミルクについての特定の日時に決定され、これに基づきとられた特定の販売方策であり、それが一般指定の八の拘束条件付取引として問擬されていることを知り得るのであり、審判手続におけるその防禦に困難はない。特に、審判開始決定書においてすでに右拘束条件即ち具体的施策の一つとして登録制度が挙げられており、これと高額払込制度、リベート制度等は不可分一体となつて価格維持のための販売方策となり、拘束条件となつているのであるからなおさらである。

更に、審判開始決定書で挙げた商品はFIIであるが、これはたまたま右販売方策が採られた際に発売された原告の育児用粉ミルクの銘柄がFIIであつたから、FIIについて触れたにすぎず、右販売方策はFIIに限らず、その後に発売・販売される原告の育児用粉ミルクのすべて(特にFMはFIIとその品質、内容等製品としてほとんど差異はない。)に適用されるか、その虞れが強いものであり、被告は右販売方策自体の違法を主張したのであるから、原告主張のような審判手続の瑕疵とはならない。

2、審判における申立事項を越えた審決

(原告)

審決手続は行政手続であるとしても、準司法手続の性格を有する手続であるから、審決は、審判請求者の申立てた事項に限つてなされるべきである。

ところで、前述のように(第二、二ノ(二)(原告))被告が一般指定の八に当るとして本件審判開始にあたつて採り上げた審判の対象は、「原告がFIIについての販売方策として登録制度を採つたこと」である。しかるに被告はその審決において、右範囲を超え、FIIだけでなくFMを含む原告の育児用粉ミルク一般についての、また販売施策としては、登録制度のみではなく、高額払込制度リベート制度についても排除措置を命じた(同主文二項)。

元来、販売方策というものは、特定の商品につき、個別的にしかもその都度具体的に、定められるのであり、本件販売方策はFIIのみにかんして定められたものであつて、これとは別個な商品であるF(原告の育児用粉ミルクソフトカードF)とか、当時まだ発売されていなかつたFMには全く関係ないものである。したがつて、審判開始にあたつて、FIIについての販売方策を問擬しながら、F、FMを含む原告の育児用粉ミルク一般の販売方策につき措置を命ずることは、いわゆる審判手続における申立事項を超えた審決に外ならない。

なお、被告の後記の主張(括弧内の)は、被告はFとFMについても審決の対象としているのに、その審決の効力を、原告の判断で動かすことができると主張することとなり、矛盾である。

(被告)

審判手続における審決の範囲は原告主張のような申立事項に拘束されるものではない。蓋し、審判手続は、その本質上公正な競争秩序維持を図る行政手続であり、しかも通常その対象となる審判事項は常に一連の相互に作用し合う行為ないし現象の複合より成る。これを分断して個個の事実ごとにとり上げて審決することは、手続を複雑にし、また審決の効果を挙げ得ないこととなるから、その審決で命じ得る範囲は、民事、刑事の訴訟におけるごとく厳格に申立事項に拘束されるものではなく、むしろそのような申立事項という観念を入れる余地すらないというべきである。

ところで、本件において被告が審判開始に当り審判の対象としてとり上げた事項は、前述のように(第二、二、1、(二)、(被告)(3))、「昭和三九年七月原告常務会決定、同年九月頃実施の原告の育児用粉ミルクにかんする販売方策」であり、右販売方策は、登録業者制度、高額払込制度、リベート制度等一連の相互に関連する、具体的な施策より成つているのであるから、審決で命ずる事項が右具体的施策に及ぶことは当然であり、また具体的施策につき排除措置を講じないと審決の実効は挙げられないのである。

また、被告は、前述のごとく審判開始決定書では、右販売方策につき「FIIにかんして」と記載したが、これはたまたま右販売方策がFIIの発売を契機として定められたから右記載をしたにすぎず、被告が審判事項としてとり上げたのはあくまで原告の育児用粉ミルクに関する再販売価格維持のため採られた原告の特定機関による特定日時の販売方策ないし方法それ自体である。したがつて、その販売の目的物がFIIであるかFMであるかFX(仮定商品)であるかは、審判の対象事項としては問題とならないのである。(なお、その結果、もし原告においてFMについても、右販売方策によつているとすれば、FMについても本件審決の効力を受け、逆にもしFMについては右販売方策を採つていなければFMについては本件審決はその効力を及ぼし得ないというにとどまる)。かく、販売方策自体を審判の対象とし、これにつき審決したのは、右のごとき販売方策は一般に同種商品を通じて適用されるからであり、特に本件においては、右販売方策は、FIIの発売を契機としてなされたが、むしろ、その後に発売される同種類似の原告の育児用粉ミルク商品についても適用されるべき性質のものでありそのおそれも強かつたからである。

3、審決主文の命じた排除措置の違法

(一)、審決主文が具体性を欠き、不能を強いるものであること。

(原告)

審決は、原告に対し、主文第一項において「販売方針の破棄」を、同第二、三項において、「リベートの算定に―中略―基準としてはならない」「―を理由に―登録を取消してはならない」と命じた上、同第四項において「主文第一、二、三項にもとづいてとつた措置をすみやかに通知しなければならない。」、同第五項において「右措置を遅滞なく周知徹底させなければならない。」、同第六項において「右措置についてすみやかに………報告しなければならない。」と命じている。

右主文第二、三項は、いわゆる将来の不作為命令であり、しかもその内容は抽象的であつて、原告として、右命令にもとづき差当りなすべきことは何もなく、したがつて右主文第四ないし六項で、「右第二、三項にもとづきとつた措置」を、「すみやかに」あるいは「遅滞なく通知」、「周知徹底」あるいは「報告」せよと命ぜられても、原告が具体的に何をなすべきかは不明であり、結局原告に不能を強いることになる。ところで、右命令の違反には制裁が科せられる(法九七条)のであるから、右のような具体性を欠き且つ不能を強いる命令はそれ自体違法である。

(被告)

本件審決のごとく、流動的、発展的な経済社会における取引現象に関して、公正且つ自由な競争の維持と促進をはかることを目的とする行政処分については、将来の不作為命令も、その必要性があり、且つ相当の具体性がある限り、適法である。

ところで、本件審決についてはその必要性と左のような具体性がある。即ち、本件販売方策は、従来から育児用粉ミルクの価格維持対策として採られたものであるから、同種類似の販売方策は今後も原告によつて行なわれる虞れが強く、また、右具体性の点については、審決の命令の内容は、単にその主文のみによつて判断すべきではなく、審決の認定した事実、理由等と総合して考えるべきであり、それらによると、審決が命ずるところは、本件販売方策を破棄し(主文第一項)、原告が特定の商品(原告の育児用粉ミルク)にかんする、特定の取引(登録業者等との取引)について、その販売方策の具体的施策である、特定の方法(リベートを、本件販売方策中で定められた算定方法により算定すること、指示小売価格による販売をしないことにより登録を取消すこと等)を禁じ且つこれと同種もしくは類似の方法を採ることを、現在及び将来にわたつて禁止し(主文第二、三項)、それに伴い右販売方策、具体的施策を、被審人たる原告の権限ある機関によつて、破棄し、これに伴い右具体的施策を実施しないことを通知、報告する(主文第四、五、六項)ことにあることが明白であり、右具体性を充足している。なお、FIIに限定せず、原告の育児用粉ミルク一般について命じた点については前述(第二、二、1、(二)(被告)、第二、二、2、(被告))のように、当該商品につき本件販売方策が採られているか否かによつて、右審決の効力が及ぶか否かが定まるのであり、具体性に欠けるところはない。

(二)、本件審決はFIIおよびFにかんしては取消さるべきである。

(原告)

本件審決は、FIIに限定せず原告の育児用粉ミルク一般について命令している。しかしながら、原告においては、FIIは昭和四三年に製造をやめ、同四四年五月以降はすでに一切販売していない。そしてこれに伴いFIIにかんする販売方策であつた本件販売方策も消滅した。なお、Fについては、当初から本件常務会決定を適用していなかつたから、全く本件審判の対象となる余地はない。したがつて本件審決はFIIに関するかぎり、無意味となり必要でなくなつた。そして、かかる場合、審決を形骸だけでも残すことは原告に不利益を及ぼす虞れがあるから、被告は審決をみずから取消、少くとも一部取消すべきであり(法五四条二項参照)、裁判所は、そのため、審決を取消して、本件を被告に差し戻すべきである。

(被告)

(1)、FIIがすでに販売されていないことは知らない。原告のその他の主張事実は争う。

(2)、本件審決は、既述のように、FIIのみにかんするものとしての本件販売方策についてなされたものではなく、それが原告の発売販売する同種・類似の育児用粉ミルク一切につき採られるおそれがあるとして、その販売方策自体について排除措置を命じたものであるから、たとえFIIがすでに販売されなくなつたとしても、本件審決の効力にはなんらの影響はないのである。

4、法二条七項の違憲性

(原告)

(1)、法二条七項は、あらゆる事業者を対象とする一般的、包括的且つ原理的な、したがつて格別法律によつて規定することができないような事柄でもない不公正な取引方法の指定を、行政機関である被告の告示に委任しているが、右委任は憲法の許す限度を超えて行政機関に立法を委任したものである(憲法四一条、七三条六号)。したがつて、法二条七項は違憲な法規であつて無効であり、これにもとづく一般指定の八も無効である。

(2)、なお、審判手続においても、原告は、右(1)の主張をしたが、被告は、行政機関であることを理由に右憲法問題の判断を拒んだ。しかし、被告は行政機関ではあつても、準司法機関であり、実質的には、東京高等裁判所の前審に当る。また、右憲法問題についての判断がなされないと原告は審級の利益を奪われる。したがつて、被告にも法令の合憲性を判断する権利と義務があると解すべきである。

なお、もし法二条七項の規定が違憲でないとしても、同条同項は、いわゆる特殊指定に限り被告に立法を委任しているものと解すべきであり、一般指定までをも委任しているものではない。

(被告)

(1)、不公正な取引方法は、元来多種、多様であり、時代に応じて流動する性質を有するから、法律自体にその具体的内容まで規定すべき事柄ではない。法二条七項がこれを被告の告示に委任したことは相当であつて、なんら憲法に反しない。

仮に、右告示が、本来法律により規定すべき事項を定めたものであるとしても、それは右告示をした被告が法二条七項の解釈を誤つて、同条の委任を超えて告示したことになるにすぎず、右告示が法二条七項に違反するとはいえても、そのため法二条七項の規定が違憲とはならない。即ち右告示が法二条七項に反する違法なものとなるだけである。

(2)、原告の右(2)、の主張をすべて争う。

5、法令の解釈ないし適用の違法

(原告)

(1)、本件販売方策がいわゆる再販売価格維持行為になることは認めるが、再販売価格維持行為は、そもそも、法二条七項四号、一般指定の八の不公正な取引方法には当らない。即ち

(i) 一般指定の八の不公正な取引方法に当るのは、「取引」自体の拘束だけであり、「取引の条件」の拘束は、これに含まれず、再販売価格維持行為は、「取引」自体の拘束ではなく、「取引の条件」の一つである価格の拘束にすぎない。しかも、右販売方策は通常、行為者(原告)の利益のために、競争手段としてなされるものではなく、むしろ販売業者、(卸売業者、小売業者)、一般消費者等の要望により、販売秩序維持のためになされるのである。これを敷衍すると、一般指定の八は、文理上明らかに、「取引の拘束」につき規定しているにすぎず、「対価その他の取引の条件」についての拘束にかんしてはなんら触れていない。そして、それは、一般指定の八の旧法ともいうべき昭和二八年法律第二五九号による改正前の法二条六項六号前段、更にその母法であるアメリカ合衆国のクレイトン法のこれに相当する規定以来の沿革に基づくものであり、それ相応の意味があるのであつて、審決のごとく、軽軽しく、「対価の拘束」は「取引の拘束」になる等と拡張解釈すべきではない。現に、被告の実務においても、本件にいたる前までの審決例においては、「対価の拘束」を右「取引の拘束」と把えて再販売価格維持行為を法令に違反するとしたことはなかつたのである。また、原告が本件販売方策をとるにいたつたのは、全国各地で育児用粉ミルクの不当廉売が行われ、その販売にかんする公正な競争秩序、流通秩序の混乱が甚しかつたため、多くの卸売業者、小売業者更には一般消費者より、これに対するなんらかの措置をとるよう原告に強い要請があつたので、原告もこれに応えて本件販売方策の採用にいたつたのである。

(ii) 法二四条の二は、「その品質が一様であることを容易に識別することのできる」いわゆる商標(ブランド)品にかんして、被告の指定があれば、右商品についての再販売価格維持行為に独占禁止法を適用しない旨定めている。これは、右のような商品についての再販売価格維持行為は、本質上不公正な取引方法に当らないことを示している。蓋し、本来、性質上、不公正な取引方法である行為が、被告の単なる一片の指定によつてその本質を変え不公正な取引方法でなくなることはあり得ないし、行為の社会・経済上の実体も右のごとき指定の有無により変るものではないからである(したがつて右指定は単なる確認的効力をもつにすぎない。)。そして原告の育児用粉ミルクは、右「品質が一様であることを容易に識別することのできる」いわゆる商標(ブランド)品であるから、本件再販売価格維持行為には独占禁止法は適用せられない(なお原告は昭和四〇年九月一〇日右法二四条の二の指定の申請をしたが、被告はこれに応答しないまま審決した)。

(2)、原告が本件販売方策を採るについては、一般指定の八にいう「正当な理由」があつた。右「正当な理由」とは、社会通念上合理性があるとみられる理由があることをいうものと解すべきであるが、原告が、右行為にいたつたのは、次のような諸事情にもとづくものであり、右事情はいずれも「正当な理由」に該当する。

(i) 育児用粉ミルクは、その原料である牛乳の購入価格を公定され、他方それが乳幼児の主食品であるため値段をむやみに上げることもできず、しかも販売量等も配慮しなければならず、原告は利潤をほとんど得ない低価格をもつて卸売業者等に販売している。したがつて、右業者等が一定の価格を割つて販売することは、経済的合理性に反し、原告の経営を危くし、更に右商品の流通秩序を乱し、ひいて一般消費者にも多大の迷惑をかけるおそれがある。

(ii) 育児用粉ミルクは、それが日常の生活必需品であること、銘柄品であること、購入者が若い母親層であることなどから、いわゆる原価を割つた不当廉売、おとり廉売の対象にもつともなりやすい商品であり、現に全国の多くのスーパーマーケツト、協同組合、一部小売店などで目玉商品、おとり商品として不当廉売され、そのため右商品の流通秩序は極度に混乱し公正な競争もなくなり、まじめな卸売業者、小売業者は販売意欲を失い、更には一般消費者の購入の不便をもたらし、その品質、価格への疑惑を抱くにいたり、これらの者が原告に対し適当な対応策を講ずるよう強く要請したので、原告はやむなく右対抗策ないし自衛策として本件販売方策をとつたのである。

(被告)

(1)、原告の右各主張を否認する。

(2)、「取引の対価」の拘束は、「取引」の拘束になることはいうまでもなく、原告の採つた本件再販売価格維持行為は、元来、各取引当事者間において、自主的、個別的に自由に事業活動としてなすべき取引の条件たる対価の決定について、第三者である原告が、一般的・制度的に介入して、その取引条件を拘束することによつて取引を拘束し、事業者間における公正な競争秩序を阻害する行為であつて、法二条七項四号一般指定の八の不公正な取引方法に該当する。

(3)、一般指定の八の「正当な理由」とは、原告主張のごとく、社会通念上合理性のある理由、をいうものではなく、「公正な競争を阻害するおそれのない場合ないし事情」を意味する即ち、一般指定の八が、「正当な理由なく」と規定しているのは一応、法二条七項四号、一般指定の八に形式上該当する行為でも、実質的に公正な競争を阻害するおそれのない場合には「正当な理由」があるとして独占禁止法の適用の除外を定めたものである。たとえば、再販売価格の拘束が、形式的には右各条項に該当していても、それが、特定の相手方に対する個別的措置であつて特に公正な競争秩序を阻害するおそれのない場合であれば、右「正当な理由」があるとして独占禁止法の適用が排除されることを定めたものにすぎない。

ところで、原告の本件再販売価格維持行為は、特定の相手方に限定せず、広く販売業者、スーパーマーケツト、協同組合等一般を相手方とし、一般的、制度的な措置として採られたものであるから、それが不当廉売やおとり廉売の対抗措置であつたか否か、したがつてまた右のごとき違法廉売の事実があつたか否かを問うまでもなく、右行為自体で、公正な競争を阻害するものなのである。したがつて、原告主張のごとき事情があつたとしても、それは右「正当な理由」には当らない。(なお原告が法二四条の二による指定の申請をしたのは、被告が本件行為の審査をはじめた後である。)

(被告の右(3)に対する原告の主張)

(1)、一般指定の八の「正当な理由」を被告のごとく解すべきであるとしても、原告の本件再販売価格維持行為が一般的・制度的なものであることは争う。右販売方策は、特定の登録販売業者に対して採られた個別的な措置である。したがつて、原告の右販売方策を採る旨の通知その他の措置は、原告と従前取引のあつた全員ではあるが、しかし特定した業者に対してなされたもので、殊に、その内の十数名の業者は、原価を割つて不当な廉売をして、取引秩序を混乱におとしいれた者であり、右十数名の者に対する措置は、被告の主張によつても適法なものということになるから、少くともこの範囲では、本件審決は取消されるべきである。

(2)、なお、被告は、審決では、「原告の本件再販売価格維持行為は、無秩序な競争をもたらしている程の不当廉売ないしおとり廉売もないのに、あえてなされ、またその対抗措置として採られた行為でもない」として、右「正当な理由」に当らないとしていながら、本訴においては、突如として、右のごとき廉売とは関係なく、原告の本件行為それ自体が、法二条七項四号、一般指定の八に当ると主張している。右のごとく、審決の理由になつていなかつた主張を本訴で新にすることは、許されない。即ち通常の控訴事件においては、控訴審は原審と異る理由付けによつて請求を認容することも許されると解せられるが、審決は行政機関である被告のなす行政処分であるから、たとえ審決取消訴訟が被告を第一審とする第二審の形をとつていても、裁判所はみずからは行政処分をなし得ないのであり、審決と異る理由付けによつて審決を判断することは、実質的にはみずから行政処分をなすことになるおそれがあるので許されないと解すべきである。

(原告の右(2)に対する被告の認否)

原告の右主張を争う。なお、本訴における前述の(被告)(3)の主張は、すでに審決理由で述べられたものである。

6、実質的証拠の欠缺

(原告)

(1)、審決は、一方において、「卸売業者間及び小売業者間で、廉売の行われたことは認められる」としながら、他方、これを立証する実質的証拠もないのに「右廉売が不当廉売ないし違法なおとり廉売であつて無秩序な競争をもたらしているものと認めるに足りない」等と経験則にも反し、証拠にもない事実を認定ないし判断をしている。即ち、いかなる廉売が行われ、これが競争秩序にいかに影響を及ぼしたか等の事実について適法な認定をしないまま、法の適用をしているものである。

(2)、審決は、本件販売方策が、FIIのみではなく、他の原告の育児用粉ミルク商品F、FMその他についても採られるものであると認めて、その排除を命じているのである。しかし、右販売方策が原告の育児用粉ミルク全部について適用される販売方策であるという点については、これを認めるに足りる実質的証拠はなく、右判断は根拠のない推断にすぎない。本件審判手続に提出されている全証拠によつても、右常務会決定は単に、育児用コナミルクFIIの販売についてのみ本件販売方策をとることとしたにすぎないことは明らかである。

(被告)

右主張を否認する。(1)、については、前述(第二、二、5、(被告)(3)、)のように、審決は、不当廉売、おとり廉売の有無にかかわらず、原告の本件販売方策はそれ自体が、不公正な取引方法になると判断したのであるから、原告主張のごとき点の事実認定はそもそも不要なのである。(2)については、本件販売方策の性質からいつても自明のことであるのみならず、審判手続に提出された査第八号証、審判手続における参考人大橋信市、同松本行弘の各供述その他審判手続における証拠により認められる。

理由

一、被告が原告に対し、原告主張のごとく本判決添付の審決書(写し)のとおりの審決をしたことは当事者間に争いがない。

二、原告は、本件審決につき、左に掲げる1ないし6の違法事由を主張するので以下順次判断する。

1、審判手続上の違法

(一)、事件記録の閲覧、謄写にかんする主張について

原告が本件審判手続の開始後、法六九条により、被告に対し、事件記録の閲覧、謄写を求めたところ、被告が、審判手続の過程において作成した審判調書、速記録、審判廷に提出された証拠についてこれを許したことは当事者間に争いなく、被告の実務において、その審判の各事件ごとに、審判開始決定以後審決にいたるまでに当該審判手続にかんして作成され、もしくは審判廷に提出された書類、証拠等一切を編綴して一件記録を編成し、これを「事件記録」と名付けていることは、当裁判所に顕著な事実である。これらの事実と本件において被告より当裁判所に送付された審判事件の記録(法七八条、以下審判記録という)によると、原告がさきに閲覧、謄写を許されたのは、右「事件記録」についてであることが明らかである。

原告は、法六九条にいう事件記録とは、右「事件記録」にとどまらず、審査官手持資料を含む一切の関係資料をいうものであると主張する。

しかしながら、法六九条は、「利害関係人は、(中略)、審判開始決定後、事件記録の閲覧若しくは謄写(中略)できる。」と規定しているところ、右「審判開始決定後」の字句(昭和二四年法律第二一四号改正により挿入)は、閲覧、謄写の対象となる事件記録が審判開始決定以後の記録であつてそれより前の資料を含むものでないことを文理上示したものというべく、また同条の設けられている趣旨は、当該利害関係人が右事件の被審人(被審人代理人を含む)であるときは、審決の基礎となる審判手続について、その内容を被審人に正確に且つ十分に了知させ、もつて被審人の防禦に便宜を与えるとともに審判手続の公正を確保し、適正な審判を期することにある。

したがつて、同条にいう事件記録とは、審判手続そのものについての記録をいうのであつて、審判の開始される以前の手続段階における関係書類や審判手続に提出されていない審査官手持ちの資料は、右記録に含まれるのではなく、それが審判手続に提出されてはじめて右記録の一部となると解すべきである。

そして、前述のように、被告の実務では、審判開始決定以後の審判手続についての関係資料一切は被告のいう「事件記録」として編成されているのであるから、右「事件記録」は法六九条にいう事件記録に該当するものというべきである。

なお、この点につき、原告は、事実摘示二、1、(一)、(2)、の(i)ないし(v)、のとおり主張するのでこれらにつき一言する。

(i)、の「審判開始決定後」の次句に基づく主張は、右字句は前述のとおり解すべきであるから、審判開始の後の時点においては閲覧、謄写の対象となるべき「事件記録」は審判開始決定書だけであるとしても、それは事の性質上当然のことであつて、なんら怪しむに足りない。所論は失当である。

(ii)、の被審人の防禦権に基づく主張も失当である。即ち、被審人は、本来みずからその言分等を明らかにする資料を調査、蒐集して審判手続に提出すべきであり、審判手続上においても被審人の主張、立証する機会やその手段は保障されているのであつて(法五二条参照)審査官の手持資料等の閲覧、謄写を許されなくても、格別その防禦に支障を来たすものではない。現に、本件審判手続においても原告が十分にその言分を主張し、立証していることは審判記録上明らかであり、原告がその主張のごとき不利益、不便をこうむつたとはとうてい認められない。

(iii)、の主張は、審判手続に顕出されない審査官手持ちの資料等は審決の基礎となるべきではないから、これと異る前提に立つものであつて失当である。

(iv)、の主張も立法論としてはともかく、審判手続の迅速、経済のため、現行法が被審人らに原告主張の如き資料についてまでも閲覧、謄写を認めているとはとうてい解されないので採用し難い。

(v)、の主張についても、審決に対する訴の提起後裁判所に送付され裁判の基礎となる法七八条の「事件の記録」も前記「事件記録」をいうと解すべきであるから、これと異る前提に立つものであつて採用し難い。

以上のとおりであるから、法六九条の事件記録につき独自の見解に立ち、その閲覧、謄写にかんし被告の手続に違法があつたとする原告の主張は失当である。

更に原告は、その主張のごとき資料につき被告が閲覧、謄写を許さなかつたことは、当事者対等の原則に立つ審判手続の本質に反すると主張するが、上述のところにより右主張の失当であることは自明である。

よつて原告のこの項の主張は採用し難い。

(二)、審判手続における弁論主義違反等の主張について

審判開始決定書には被疑事実として、「原告が、その商品FIIの販売にあたり、価格安定を図るため、卸売価格、小売価格を指示し(以下指示価格制という)、右指示価格によつて卸売、小売をする旨約束した者のみを登録し、登録業者にのみこれを販売する(以下登録業者制という)という販売方策をとつたことが一般指定の八、(法二条七項四号)、法一九条に違反する」旨記載されていることは審判記録上明らかである。

原告は、本件審判手続や審決における審理、判断が右指示価格制、登録業者制にとどまらず、販売方策としての高額払込制、リベート制、更に商品としてのFやFMにも及んだことは、審判手続上の弁論主義ないし信義則に違反すると主張する。

しかしながら、審決の本質は、あくまで、経済社会における公正な競争秩序維持を目的とする公正取引委員会の行政処分であり、公正取引委員会は、被疑事実があれば、みずから、調査し、審判開始決定をし、更に審決をするのであるから、右手続は、職権ないし糾問主義を基調としているのであり、ただそれが事業者の事業活動その他に重大な影響を及ぼす処分であるため、被審人に被疑事実を了知させるとともに同人に、防禦の機会を与え、適正な処分をなし得るよう、その手続については、審査官と被審人とを対立当事者として、公開された審判廷において双方に主張、立証を尽させるという訴訟に準じた対審構造による審理を経てすることとされているにすぎない。したがつて本来、右手続に、訴訟におけるが如き厳格な当事者主義ないし弁論主義の適用はなく、ただ右のような手続構造をとつている前述の趣旨に鑑み、被審人の防禦を不可能にしたりもしくは著しく困難ならしめるような事柄についての審理、判断は、審判手続上の信義則に反して許されないことになると解せられるにとどまる。

これを本件についてみるに、本件審判手続において、審判開始決定書に記載されていなかつた高額払込制、リベート制についても審理、判断がなされたことは当事者間に争いない。しかし、審決認定の事実によると高額払込制とは、たとえば、FIIの販売については、小売価格九〇〇円のものは、卸売業者から小売業者に八八〇円で売渡し、従来より高額の払込みをさせ中間利益を少くするという施策であり、リベート制とは、右のような高額の払込みをさせる反面、販売量や原告の販売方針への協力の度合によつて金品を提供する施策であり、指示価格制、登録業者制と不可分一体となつて価格維持のための一個の販売方策を構成していることが明らかである。

右事実によると、FIIの販売に際して採られた右販売方策が被疑事実として審判に取り上げられた以上、その販売方策を構成している要素である諸施策について、審判手続において審理、判断の及ぶことは、必然であり、被審人も当然これを予期し得ることであるから、そのため被審人が防禦の機会を失い、ひいて適正な審判が得られなかつたということはとうてい出来ないし、本件審判記録によると、原告が十分防禦の機会を有し、これを活用していたことが明らかであつて、その主張のごとき不利益をこうむつたことは認められない。

よつて、高額払込制、リベート制についての審理、判断をいわゆる「不意打ち」であり、信義則に反するという原告の主張は失当である。

また、本件審決主文において被告は、後述のように、FIIという限定を付けずに「原告の販売する育児用粉ミルクの販売方策」について排除措置を命じたのであるが、右主文の点は次の2で述べるとおり、これを違法とはいえない。

2、申立を超えて審決がなされたとの主張について

本件審判開始決定書には、FIIの販売に際して原告の採つた本件販売方策が法に違反する旨記載されていたところ、審決主文においては「原告が昭和三九年七月一三日の常務会において決定した原告の販売する育児用粉ミルクの販売方針について」という表現で命令のなされたことは当事者間に争いがなく、本件審決書、審判記録によると、右審決主文は、右販売方針、販売方策がFIIのみならず、その他の原告により販売される育児用粉ミルクについても適用されるもの、少くともそのおそれが強いものとして、FIIにとどまらず広く右粉ミルク一般につき右のような販売方針、方策を採ることを禁じたものであることが明らかである。

原告は、この点を把え、審判の対象として申立てられた範囲を超える事項につき命令をした審決であつて違法であると主張する。

思うに、審決は、先に述べたような手続を経てこれをすることと定められているのであるから、審判手続開始にあたつて問擬された被疑事実と関連のない事柄について、あるいはその排除のため必要のない措置をその主文において命ずべきでないことはいうまでもない。

しかしながら、前述したように、審決の本質はあくまで法に違反する事実があつて経済社会における公正な競争秩序が阻害されている場合に、公正取引委員会が、みずから調査、審判の上、審決によりこれを排除しもつて右秩序の回復、維持を図ることを目的とする行政処分であるから、被告が審決で排除措置を命ずるにあたつても、右被疑事実そのものについて排除措置を命じ得るだけではなく、これと同種、類似の違反行為の行われるおそれがあつて、前述の行政目的を達するため現に、その必要性のある限り、これらの事実についても相当の措置を命じ得るものであり、むしろ命ずべきものである。

そして、本件審判においては、後記6、(二)、で述べるように、本件販売方策は、FIIの販売に際して採られたが単にFIIのみに限る施策とは認められず、むしろこれと同種、類似の原告によつて販売される育児用粉ミルクにも適用され、もしくはされるおそれがきわめて強く、したがつて右販売方策によつて阻害された競争秩序の回復、維持のためには、広く「原告の育児用粉ミルクについて」右販売方策を排除すべき措置を採る必要があつたと認められる。

よつて本件審決には原告主張のごとき違法はない。

3、審決主文の命ずる排除措置等の違法について

(一)、原告は本件審決主文第二、三項はいわゆる将来の抽象的不作為命令であり、これを前提とする同第四ないし六項も具体性を欠く命令で原告に不能を強いるものであると主張する。

しかしながら審決は、すでにしばしば述べたように本質上行政庁のなす行政処分であるから、その目的達成のために必要性があれば、将来の不作為をも命じ得べきであつて、ただ、その内容があまりにも抽象的であるため、これを受けた被審人が右命令を履行するため何をなすべきかが具体的に分からないようなもの、その他その履行が不能あるいは著しく困難なものは違法とせざるを得ないにとどまると解すべきである(最高裁判所昭和三七年一〇月九日判決参照)。

これを本件審決主文について検討するに、審決認定の事実によると、審決主文第一項は、現に行われている本件販売方針全体につき、その破棄を命じているものであり、同第二、三項は、右方針を実現するための販売方法を構成する具体的な施策の禁止であることが明らかである。そして、右第二、三項は、現に採られている施策を現在禁止するとともに、これを将来にわたつても禁止するものであるから、将来の不作為命令を含むという余地がある。しかし、右命令の内容、本件販売方策に占める前記具体的施策の意味、審決認定のごとき右販売方策の実施状況等によると、本件販売方策によつて阻害された公正な競争秩序の回復、維持のために、右のような禁止を将来にわたつて命ずる必要性があつたことは容易に認められるのであり、その内容もすでに行われている特定の具体的な施策の禁止であるから、その履行として被審人が何をすべきかはおのずから明らかであり、しかもそれが不能や苛酷なことを強いるものでないこともいうまでもない。そして、主文第四、五項は、主文第一ないし三項の命令の趣旨実現のため原告が相当の措置を採つて、これを登録卸売業者等に出来るだけ速かに周知させることを命じたものであることが明らかであり、審決認定の事実によると、前記販売方針は、原告の常務会で決定され、これに基づく販売方法が、卸売業者、小売業者らに書面、説明会等により伝達され、誓約書の提出等により実施されていたのであるから、右相当な措置とは、右販売方針の破棄をその権限ある原告の機関においてなすことを基本とし、かつそれに伴つて主文第二、三項掲記の具体的施策を以後実施しないことを、先に原告が本件販売方策を伝達、周知させたのと同様の方法もしくは同様の効果を挙げ得る方法で周知徹底させることを意味することは、審決自体からも、事理からいつても自明のことであつて、これをもつて内容の不明な、不能を命ずる命令であるという原告の主張はとうてい採用することはできない。更に、主文第六項の命令の内容の明白であることもいうまでもない。

(二)、次に、原告は、本件審決はFII及びFにかんしては取消されるべきであると主張する。

しかしながら、本件審決が本件販売方策の排除を命じたのは前述の如く単にF、FIIの販売についてのそれではなく、原告の同種類似の育児用粉ミルクの販売についての販売方策としてのそれであり、仮に、原告主張のように、F、FIIの販売が取りやめられたとすれば、本件審決は、右二者についてはもはや内容的にその効力を及ぼす余地がないというにすぎず、審決は、その後に生じた右事情の変更によつて当然に違法となるものではないので、原告の右主張は失当である。

4、法二条七項の違憲性について

原告は、一般指定は不公正な取引方法を広汎な事柄につき抽象的且つ類型的に指定したものであつて、その内容において法律と変りなく、かかる一般指定までをも委任しているとすれば法二条七項は、違憲であると主張する。

よつて判断する。憲法は行政機関による立法を厳格に制限しているのであり、(憲法四一条、七三条六号参照)、法律があまりに広汎且つ抽象的に本来行政機関によつて定立される政令に立法を委任するということは憲法の精神に反することはいうまでもない。しかしながら、法二条七項は、みずから不公正な取引方法として一ないし六号の行為を定めるとともに、不公正な取引方法は、経済社会の進展に伴い絶えず変遷する経済、社会現象であるので、その具体的な指定を、右各号の枠内で、しかも「公正な競争を阻害するおそれのあるもの」について、公正取引委員会に委任したものであつて、その委任はあくまで、限定された特定の事項についての委任であるから、右委任をもつて憲法に反するような広汎且つ抽象的なものとはとうていいえない。

つぎに、一般指定が法二条七項の委任にそうものであるか否かについて考える。公正取引委員会は、すべての事業分野を通じて、不公正な取引方法に当るものとして、一ないし一二項目にわたつて諸行為を類型的に指定し、これを一般指定と称しているのであり、その内容を法二条七項各号の規定と比較すると法の規定の範囲内でこれを更に具体化、特定化していることは明らかであるから法二条七項の委任にそわない違法な命令(告示)ということはできない。なお、一般指定のほか、特定の事業分野についてのみ適用せられる特殊指定のあることも明らかであるが、法二条七項は、事業分野の如何を問わず、不公正な取引方法の指定を公正取引委員会に委任しているのであり、特殊指定のみをもつて経済社会全体におけるすべての不公正な取引方法をまんべんなく定めることは元来至難であるから、特殊指定のないところにおいては一般指定の形においてこれをとらえることとし、その意味で広汎な事業分野を通じて法の定める枠内において一般的に指定することをも委任していると解すべきである。したがつて一般指定は法二条七項の委任に反するものではない。

よつて原告の主張は採用できない。

5、法令の解釈、適用の誤りについて

審決の認定した事実は次のとおりである。

即ち、原告は、その販売する育児用粉ミルクの価格維持を図るため、昭和三九年九月からFIIを新に発売するに先立ち、同年七月一三日、常務会において、「価格維持の強化、徹底をはかり、地盤育成の不退転決意」をもつて、卸売業者、及び小売業者の登録制を確立し、高額払込制、リベート制を採る旨の発売方針を定め、同月二五日その具体的内容として左のとおり決定した。

(1)、FIIの流通各段階における販売価格を、本判決添付の別紙審決書(写し)記載のとおり定める。

(2)、原告に登録した卸売業者及び小売業者のみにFIIを販売あるいは販売せしめることとし、登録の申込みをさせ、登録のための選定基準として、

(i)、卸売業者の場合は、当該卸売業者が原告に対し、原告の指示価格を守ること及び原告に登録した小売業者以外とは取引しないことを誓約したもの。

(ii)、一般小売業者の場合は、指示価格を守ることを誓約したもの。

(iii)、特殊小売業者(消費生活協同組合、スーパーマーケツト)については、原則として登録を認めず、特例として、指示価格を守ることを文書で誓約したもの。

と定める。

(3)、高額払込制、リベート制(その内容については本判決理由2で前述)を採る。

(4)、右(2)、(i)、の誓約に反した卸売業者にはリベートの支払を大巾に削減する。

その後、原告は、同年八月頃、説明会、文書等により、右販売方策を卸売業者小売業者等に周知させ、申込みを受けて登録し、更に特殊先小売業者からは、指示価格を守らないで販売した場合、登録を取り消されても異存はない旨の誓約書をとり、同年九月頃より、右販売方策を実施している、というのである。

(一)、原告は、右販売方策は、原告が単にその商品の再販売価格を指定したにすぎず、一般指定の八にも法二条七項四号にも当らないと主張する。

しかし審決認定の右事実並びに当事者間に争いない事実によると、本件販売方策は、原告が、自己の商品の価格を維持するため、予じめみずから卸売価格を指定し、この価格によつて卸売、小売をする旨約束した業者のみと右商品の取引をし、右約束が守られない場合には、取引をやめ、あるいは中間利益を大巾に減らし、実際上取引の制裁を課することを骨子とするいわゆる再販売ないし再再販売価格維持契約もしくは行為であることが明らかである。

そして、独占禁止法は、公正且つ自由な競争を促進し、事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、もつて一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを立法目的とするものであり(法一条参照)、その立法趣旨からいつて、本来、再販売価格は、卸売業者と小売業者との間に、再再販売価格は、小売業者と一般消費者との間に、その取引当事者間の自由な交渉による合意によつて個別に形成されるべきものであつて、その過程において、卸売業者相互間、小売業者相互間に各事業者の創意工夫、自主的な事業活動による自由にして公正な競争が期待されるとするのである。

しかるに、再販売(再再販売も含む、以下同じ)価格維持行為はこれに反しこのような自由な取引、自主的な事業活動を阻害し、かかる行為を採る事業者をしからざる者に比して不当に利することとなり、ひいて事業者間の競争の公正を害することとなるものであつて法の目的に沿わない行為であることが明らかであり、畢竟、それは、法二条七項四号の「相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもつて取引すること」に当り、「公正な競争を阻害するおそれある」ものというべく、しかも一般指定の八の「相手方とこれから物資(中略)の供給を受ける者との取引(中略)を拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。」に当ると解せられる。

原告は、その主張の根拠として、「取引の拘束」と「取引の対価の拘束」は文理上区別されるべきであるとか、同条の沿革とか被告の従前の法令の運用において再販売価格維持行為が法令違反として取上げられなかつたこと等を挙げるが、これらの理由をもつて前記解釈を左右することはできず、右主張はとうてい採用し難い。更に、原告は「法二四条の二によつていわゆる商標(ブランド)品にかんする再販売価格維持行為については、被告の指定により、法の適用が排除されることとなつており、このことは、そもそも右のような商品については再販売価格維持行為が本質上不公正な取引方法でないことを示すものである。」旨主張する。しかし、右法二四条の二は、再販売価格維持行為が不公正な取引方法であることを前提として、一定の要件のもとに法の適用の除外される特例を定めたにすぎず、むしろ右除外に当らないかぎりは本質的に不公正な取引方法になることを示すものと解せられるので、原告の主張は本末を顛倒したものというべく、失当である。

(二)、次に、原告は同社が本件販売方策を採るには、一般指定の八の「正当な理由」があると主張する。

(1)、右「正当な理由」の意味について争いがあるので、先ずこの点から判断する。一般指定の八は、法二条七項四号に基づき、公正な競争秩序を阻害するおそれのある不公正な取引方法を具体化して指定したものであるから、そこにいう「正当な理由」も、もつぱら公正な競争秩序との関連においてのみ理解せられるべきである。それ故、右競争秩序と直接関係のない場合は、たとえその理由が、通常の意味において経済的合理性あるいは社会感情からいつて正当の如く見えるものであつても、なおここにいう「正当な理由」には含まれないと解すべく、したがつて同号にいう「正当な理由なくして」とは、「公正な競争秩序を阻害するおそれがない、即ち公正な競争秩序維持という観点から正当視できる理由がないのに」と解しなければならない。換言すれば一般指定は、一ないし一二の類型に分けて、不公正な取引方法を定めているのであつて、ひとしく法二条七項にいう「公正な競争を阻害するおそれがあるもの」でも、行為類型に応じてその間に競争秩序の侵害度におのずから差異はあるのであるから、ある類型の行為については、公正な競争秩序を阻害するおそれのない特別の理由があるときには、これを不公正な取引方法とはしないという趣旨で、「正当な理由がないのに」という限定を付したものと解せられる。

よつて、この点についての原告の主張は失当である。

(2)、原告は、原告が本件販売方策を採るについては右「正当な理由」があつたとし、育児用粉ミルクの低利潤商品であることに基づく経済的合理性ひいて原告の事業経営上の必要性、育児用粉ミルクの不当廉売、おとり廉売が全国各地で行われ競争秩序が攪乱されていたこと、育児用粉ミルクの準主食品である特性等縷縷主張する。

しかしながら、原告主張のような経済的合理性、事業経営上の必要性が、右「正当な理由」に当らないことは前述したところである。

また、いわゆる不当廉売があるとしても、それは通常それ自体不公正な取引方法に当るものと考えられるから、その排除は法にしたがつて被告のなすべきことであり、事業者がその対抗ないし自衛措置として、法二四条の二の指定除外をも受けずに、みずから直ちに一般的、制度的に再販売価格維持行為を採ることは許されないのであり、審決認定の前記事実即ち右販売方策の内容、販売方針の決定から実施にいたる状況によると、本件再販売価格維持行為が、一般的、制度的なものであることはきわめて明らかである(なお、原告は、右販売方策は原告の全取引先に対するものではあるが、特定の者に対するものである点をとらえ一般的、制度的であることを否認するが独自の見解であつて採用し難い)から、「正当な理由がない」と解すべきである。

育児用粉ミルクが、乳児の主食であつて、その品質、生産、販売量等に配慮が加えられるべきことはいうまでもないが、そのことと右商品につき再販売価格維持行為を採るべきこととは直接関係のないことであり、真に前述の配慮のため再販売価格維持行為を採らなければならないのであれば、法二四条の二の指定除外を受ければよいのであるから、右指定除外をも受けずに直に、右事由をもつて「正当の理由」とすることはとうてい賛成しえないところである。

(3)、以上のとおりであるから、本件販売方策は「正当な理由がないのに」なされたものといわなければならない。

(三)、よつて、審決が本件販売方策を法二条七項四号、一九条一般指定の八に当るとしたのは正当であり、その法令の解釈、適用に誤りはないから原告の主張は採用できない。

6、実質的証拠を欠くとの主張について

(一)、原告は、審決が「廉売はあつたが(中略)無秩序な競争をもたらしている証拠はない」と判示した点について実質的な証拠がないと主張する。しかし、元来、審決書に明らかなとおり審決の右判示は、「ちなみに」として附言している個所にすぎず、しかも、それは積極的に事実を認定しているものでもない。

それ故この点の実質的証拠の欠缺をいう原告の主張は理由がない。

なお、本件販売方策が一般的、制度的なものであることは、既述の右販売方策の内容、右販売方針の採用決定から実施にいたる状況により明らかであつて、これらの事実は審決挙示の証拠により優にこれを認めるに足りるものであるから、結局実質的証拠があるものというべきである。

(二)、次に、原告は、「審決は、本件販売方策が、FIIのみでなく原告の他の育児用粉ミルクについても適用されるものとしたが、その点については、実質的証拠がない」と主張する。

しかしながら、原告の販売する育児用粉ミルクがいわゆる商標(ブランド)品であり、育児用粉ミルクの商標(ブランド)品について、大手製造あるいは販売業者が、同種の商品につき、その内容に多少の改良を加えながら、類似の名称を付して順次、製造あるいは販売してきたことは公知の事実であり、この事実と当事者間に争いない原告が、F、FII、FMと順次販売してきている事実、審判手続において提出された査第八号証中の「FとFIIとの間には特別の差異はない」旨の今戸明乳研究所長の説明の記載、小野明乳常務の「FIIをもつて終りとせず更に将来における開発に努力する」旨の記載等によると、本件販売方策を採用した頃、原告が、従来と同様、FIIと同種、類似の育児用粉ミルクを将来、順次発売する状況にあつたことは明らかであり、この事実と、前述の本件販売方針採用の状況、本件販売方策の内容、その実施状況、審判手続に提出された査第一ないし一六号証及び参考人河合勝一、松本行弘、大橋信市、植原正実、郡司薫、幸島英三らの供述によつて窺われる「本件販売方策は、単に一種類の粉ミルク商品についての対策というよりはむしろ、従来から原告その他同種業者の懸案であつた粉ミルク商品についての価格安定の対策であつた」事実等を総合すると、本件販売方策は、FIIの発売に当つて採用されたものではあるが、これに限らず、爾後販売される原告の同種、類似の商品にも適用されるべきもの、少くとも適用されるおそれのきわめて強かつたことが認められるのであるから、その点につき実質的証拠がある。

よつて、原告の主張は採用し難い。

三、以上述べたとおりであつて、原告の主張する違法事由はすべて失当であり、本件審決は正当であるから、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岸盛一 浅沼武 久利馨 川上泉 田尾桃二)

(別紙)

昭和四一年(判)第一号

審  決

被審人 明治商事株式会社

公正取引委員会は、右被審人の行為が、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二二年法律第五四号。以下「私的独占禁止法」という。)第一九条の規定に違反すると認め、昭和四〇年一二月二一日被審人に対し、私的独占禁止法第四八条の規定にもとづく勧告を行なつたが、これを応諾しなかつたので、昭和四一年一月二一日審判開始決定を行ない、審判開始決定書の謄本を被審人に送達した。

これに対し、被審人から、同年二月一四日付答弁書が提出された。

右私的独占禁止法違反審判事件につき、審判官阿久津実、同八尋昇および同上村尊雄は、審決案を作成し、昭和四二年三月二〇日事件記録とともに当委員会に提出し、かつ、審決案の謄本を被審人に送達した。

これに対し、被審人から、当委員会に同年四月五日付異議申立書が提出された。

よつて、当委員会は、事件記録および異議申立書にもとづいて審決案を調査し、次のとおり審決する。

主文

一 被審人は、被審人が昭和三九年七月一三日の常務会において決定した被審人が販売する育児用粉ミルクについての、卸売価格を維持するため、および小売価格を維持するための卸売業者に対する販売方針を破棄しなければならない。

二 被審人は、登録卸売業者に対する同粉ミルクのリベートを算定するにあたつて、卸売価格および小売価格を維持するために、被審人が定めた価格建てによる卸売価格を守つて卸販売すること、および被審人が定めた価格建てによる小売価格を守つて小売販売する登録小売業者以外には販売しないこと、との被審人の要請に対する協力の度合いを右算定の基準としてはならない。

三 被審人は、同粉ミルクを購入するスーパー店、消費生活協同組合、農業協同組合等の登録特殊先小売業者に販売するにあたつて、これらの業者が、被審人の定めた価格建てによる小売価格を守らないことを理由に、その登録を取り消してはならない。

四 被審人は、第一、二項にもとづいてとつた措置を登録卸売業者に、第一、三項にもとづいてとつた措置を登録特殊先小売業者に、それぞれすみやかに通知しなければならない。

五 被審人は、第一、二項にもとづいてとつた措置を、同粉ミルクについて登録卸売業者と取引している小売業者に遅滞なく周知徹底させなければならない。

六 被審人は、前各項にもとづいてとつた措置について、すみやかに当委員会に報告しなければならない。

事実および証拠

第一事実

一 被審人は、肩書地に本店を置き、乳製品、菓子、砂糖、食料品等の販売業を行なう者であるところ、明治乳業株式会社の製造する育児用粉ミルクを一手に取扱い、その大部分を卸売業者に、一部をスーパー店、消費生活協同組合、農業協同組合等特殊先小売業者(以下「特殊先小売業者」という。)の一部に販売している。

二 被審人は、昭和三九年九月から「ソフトカードFII明治粉ミルク」(以下「エフツー」という。)を発売するにあたつて、従来、育児用粉ミルクについては低利潤商品であるにもかかわらず、一部に被審人が定める販売価格以下で安売りされているところから、同年七月一三日、常務会において、その「発売方針」として、「価格維持の強化、徹底をはかり、地盤育成を期する不退転決意」をもつて、卸売業者および小売業者の登録制を確立し、高額払込制度、報奨制度等を実施することとし、さらに同月二五日、右方針について次のとおり具体的内容を決定した。

(一) エフツーの販売価格を、次のように定め、販売業者に対し、これによつて仕入れならびに販売を行なうことを要請することとした。

一かんの内容量

被審人から卸売業者への販売価格

卸売業者から小売業者への販売価格

小売業者の販売価格

一、五〇〇グラム

八六七円五〇銭

八八〇円

九〇〇円

五〇〇

三一五、〇〇

三二〇

三三〇

二〇〇

一四三、五〇

一四五

一五〇

(二) 登録制度において、エフツーの卸売業者および小売業者はすべて被審人に登録したものにするため、取引を希望する卸売業者および小売業者に対し、それぞれ被審人あてに登録の申込みをさせることとし、登録のための選定基準として、

ア 卸売業者の場合は、当該卸売業者が被審人に対し、被審人の定めた価格建てによる卸売価格を守ることおよび被審人に登録した小売業者以外とは取引しないことを誓約したもの、

イ 一般小売業者の場合は、当該小売業者が被審人の定めた価格建てによる小売価格を守ることを誓約したもの、

ウ 特殊先小売業者の場合は、原則として登録を認めないが、特例として、被審人の定めた価格建てによる小売価格を守る旨を被審人に対し、文書で誓約したもの、と定めた。

(三) 高額払込制度および報奨制度においては、この種商品に対する卸売業者の通常のマージンは、五、六パーセントであるところ、

ア 前記(一)の価格建てによつて、当初の売買差益をきわめて低く押えることとし、

イ 前記(一)の売買差益に、一律に支払う基本戻しを加えても、わずかに前記マージンの半分くらいをまず与えるにとどめ、残りのマージンは、リベートとして支払うこととし、支払いの協力度、数量の協力度および価格維持などの会社の方針に対する協力度を勘案してこれを増減することとし、

ウ 前記(二)の誓約に反した卸売業者に対しては、前記会社の方針に対して協力しないものとして、残りのマージンを大巾に削減することとし、もつて、卸売業者をして、被審人の定めた価格建てによる卸売価格を守らねばならないようにし、かつ、登録小売業者以外とは取引させないようにすることとした。

三 被審人は、昭和三九年八月中、各地で説明会を開催し、卸売業者に対し、前記二の(一)の価格建ておよび(二)の登録制度を説明し、報奨制度については、基本戻しとリベートを支払うことを表明し、その際、前記二の(三)のウの方針を示唆した。

また、被審人は、同月以降において特殊先小売業者から被審人の定めた価格建てによる小売価格を守らないで販売した場合には、登録店を取り消されても異存はない旨の誓約書をとつた。

四 よつて、被審人は、同月から、卸売業者、一般小売業者および特殊先小売業者をそれぞれ登録し、同年九月以降、前記の方法による販売を実施しているものである。

第二証拠

右事実中一の事実のうち、育児用粉ミルクの一部を特殊先小売業者に販売しているとの点については、

一、査第一、一五および一六号証の各供述調書

一、査第六および八号証

によつて、これを認め、

同事実のうち、その余の事実については、

一、参考人大橋信市(第三回速記録)の陳述

一、査第一および一五号証の各供述調書

によつてこれを認めることができ、被審人においても、これを認めて争わないところである。

同二の冒頭の事実については、

一、参考人大橋信市(前同)、同松本行弘(第三回速記録)、同植原正実(第四回速記録(一))、同郡司篤薫(同)、同幸島英三(同)の各陳述

一、査第一、二、一五および一六号証の各供述調書

一、査第五、六および八号証

同二の(一)ないし(三)の事実については、

一、参考人大橋信市(前同)、同植原正実(前同)、同松本行弘(前同)、同郡司篤薫(前同)、同幸島英三(前同)、同吉岡孝夫(第四回速記録(二))、同竹井二三子(第五回速記録)、同岩田友和(同)、同河合勝一(第三回速記録)の各陳述

一、査第一ないし四、一五および一六号証の各供述調書

一、査第五ないし一四号証

同三の事実については、

一、参考人植原正実(前同)の陳述

一、査第一ないし四、一五および一六号証の各供述調書

一、査第八号証

同四の事実については、

一、参考人大橋信市(前同)、同植原正実(前同)、同郡司篤薫(前同)、同幸島英三(前同)、同吉岡孝夫(前同)の各陳述

一、査第一ないし四号証の各供述調書

を、いずれも総合してこれを認める。

法の適用および理由

第一 以上の事実に法を適用すると、次のとおりである。

前記第一の一によれば、被審人は、私的独占禁止法第二条第一項に規定する事業者であるところ、第一の二ないし四のとおり、被審人は、登録卸売業者に対するエフツーの販売にあたつて、通常のマージンの半分に相当するリベートの額を被審人において自由に決定できるものとしたうえ被審人の定めた価格建てによる卸売価格を守り、および被審人に登録した小売業者以外とは取引しないことを要請し、これについて協力しない場合にはリベートを大巾に削減することとし、また、被審人に登録した特殊先小売業者に対するエフツーの販売について、被審人の定めた価格建てによる小売価格を守ることを要請し、これに従わない場合には、特例として認めた登録を取り消して当該業者と取引しないこととして、それぞれ取引しているものであつて、このことは登録卸売業者と登録小売業者または登録特殊先小売業者と一般消費者との各取引を拘束する条件をつけて登録卸売業者および登録特殊先小売業者と取引しているものであつて、右は同法第二条第七項第四号、不公正な取引方法(昭和二八年公正取引委員会告示第一一号。以下「一般指定」という。)の八に該当し、同法第一九条に違反するものである。

第二 被審人は、私的独占禁止法第六九条にいう事件記録とは、当該事件に関するすべての記録である、として、審査官に対し、その手持の事件記録につき、閲覧および謄写の申請をしたが、その機会が与えられなかつたので、本件審判手続は法の重要な規定に違反し、無効である旨主張しているので、まずこの点につき判断する。

同法第六九条を同第七八条、公正取引委員会の審査及び審判に関する規則(昭和二八年公正取引委員会規則第五号。以下「規則」という。)第六六条および第六九条と総合して勘案すると、被審人が閲覧、謄写を求めることができる事件記録とは、審判調書、速記録等審判手続の過程において作成された書類および審判廷に顕出された証拠を一括してさすものと解される。したがつて、これと異なる見解にもとづく被審人の主張は採用することができない(被審人は、答弁書に明らかなように、本件審判開始決定書記載の外形事実を争つていないのであり、また、審判廷において、代理人の取調べを請求した証拠は全部取り調べられているのであるから、代理人が申請した事件記録の閲覧謄写をさせなかつたとしてもこのことが審決に不利益な影響を及ぼしたものとは認められない。)。

第三 被審人は、本件再販売価格維持行為は私的独占禁止法違反に問われるべきものでない、として順次次の諸点にわたる主張をしているので、以下この点について判断する。

第一点 私的独占禁止法第二条第七項は、憲法違反の規定であり、したがつて、一般指定は、違憲にして無効である、との主張について

(一) 被審人の主張の要旨

法律によつて行政官庁に立法行為を委任すること、すなわち委任命令を認めることは、単に一定の事項を命令によつて規律することに弊害がないという消極的な理由のみでなく、その事項については、法律に規定することが困難である、とか、命令にまかせる方がかえつて適当である、とかの積極的な理由があるときに許容されるのが建前である。この積極的理由としては、規定の内容が技術的細目にわたる場合、規定の内容を事情の変更に応じて比較的簡単に改廃しうることが便宜である場合などが考えられる。ところが、現在の一般指定の規定は、概して原理的であり、格別法律自体に規定しがたい性格のものでなく、現に、実質的に全く同様の事項が、昭和二八年の私的独占禁止法の改正までは、法律の中に規定されていたほどである。また、経済界の実情の変動に応じてひんぱんに加除改廃を要する性質のものでないことは、昭和二八年に一般指定が実施されて以来一〇年以上を経た今日に至るまで一度もそのような試みがなされなかつたことに徴しても明らかである。このように、なんらの積極的理由もないのに漫然と重大な法律事項を行政官庁の命令に委任することは、わが国の立法上の根本主義にもとるものである。したがつて、一般指定に関する限り、私的独占禁止法第二条第七項は憲法第四一条に違反するから同項による一般指定は同様に違憲にして無効である。

(二) 当委員会の判断

ア 被審人の右の主張は、これが真に私的独占禁止法第二条第七項の違憲をいうのであれば、当委員会は、準司法的機能を有するとはいえ、行政機関であるから、この点について判断を下すことは許されないと思料する。しかし、被審人は極力右の違憲を主張するが、その主張するところは、ひつきよう、一般指定は、法によつて認められた委任の範囲を逸脱した違法なものである。というにつきる。その理由は、次のとおりである。

被審人は、その主張自体によつて明らかなとおり、右の違憲の主張としては、一般指定との関係でのみ主張しているのである。同じく私的独占禁止法第二条第七項に委任の根拠を有する特殊指定については、その違法性までを主張するものでないことは明らかである。そうだとすれば、被審人の主張は、私的独占禁止法第二条第七項の委任がすべて違憲であるというのではないから、同条項の違憲の問題ではなく、言いかえれば、「私的独占禁止法第二条第七項によつては、一般指定はできない」との主張とみざるをえない。したがつて、それはもはや違憲の主張ではなく、同条項との関係での一般指定の違法性をいうものでしかない。

右のとおりであるから、次に、被審人の右違法の主張について判断する。

イ 不公正な取引方法は、複雑かつ流動的な取引社会のうちに生ずる経済現象であるから、このような経済現象を対象として規制するにはその規制に可能な限り弾力性をもたせる必要がある。そのために、規制の前提となる経済実態とその変動の把握およびこれに即応した規制基準の設定、変更は、行政機関である当委員会において行なわしめるのが妥当であるとの理由で設けられたのが私的独占禁止法第二条第七項である。この見地から同条項の委任を受けて当委員会が設定する一般指定等の告示は、この必要を満たすものである。被審人が主張するとおり、一般指定は、その制定以来改正されたことはないが、現実に改正された事実がないことと、右のような改正を可能とするために当委員会にその制定がゆだねられていることとは別個の事柄である。また、立法技術的に、どのように経済実態を把握して、どのような規制をするか、そのために、どのような指定のしかたをするかは、同項各号にき束された範囲で当委員会にゆだねられた裁量事項であるから、右指定を一般的・抽象的なしかたでするか個別的・具体的にするかは、き束された委任の趣旨ないし範囲内で当委員会における裁量によつて決することができるのである。したがつて、一般指定のごときものは、法律に規定することも可能であるからといつて、そのことだけから直ちに、委任の趣旨ないし範囲を逸脱したものということはできない。

一般指定の八は、わが国の経済事情に対処して、一般の取引に適用される内容のものであるために、ある程度抽象的ではあるが、私的独占禁止法第二条第七項第四号所定の不当な事業活動の制限の内容を具体化したものであつて、まさに委任の趣旨ないし範囲での指定である。

以上のとおりであるから、一般指定の八は、私的独占禁止法第二条第七項の委任の趣旨ないし範囲を逸脱するものとは認めがたく、被審人のこの点に関する主張は、とうてい、採用することができない。

第二点 再販売価格維持行為は、一般指定の八にいう「取引の拘束」には含まれない、との主張について

(一) 被審人の主張の要旨

ア 一般指定の八は、有力な企業が自己の競争者の生産または販売する商品の配給経路をふさぎ市場を独占するためにしばしば用いるいわゆる排他的取決めを禁ずる趣旨のものであつて、再販売価格の指示などを規制の対象としたものではない。すなわち、「取引」と取引の一つの条件にすぎない「対価」は別個の観念であつて、私的独占禁止法においては、文理上もこの両者を使いわけている。

イ また、再販売価格の指示は、一般には私的独占禁止法上の違法行為ではない。同法第二四条の二は、一般的には違法な行為を一定の要件のもとに合法化しようとするものではない、不公正な取引方法なるものは、その定義からして、「公正な競争秩序を阻害するおそれがある」行為で、しかも正当な理由がないかまたは不当な行為である。かかる性質の行為を、たとえ、一定の手続をふみ公正取引委員会の監督に服するとはいつても、これを例外的に合法と認めるということは背理である。したがつて、同法第二四条の二は、適用除外の規定ではなく、同条の要件を満した行為は、公共の利益に反しないとの有権的な解釈を確認的に規定したものにすぎず、同条の手続的要件を満さない行為であつても、同条の実体的要件を備えている限り、当然の違法行為ではない。

ウ 加えて、再販売価格維持制度は、販売業者の多数の要望により、ときにはそれらの者の強圧によつて行なわれることが多い。すなわち、再販売価格維持制度は、多分に販売業者等の利益のために、その意思によつて行なわれるものである。したがつて、再販売価格維持行為は、経済上の強者が弱者を相手に用いる不公正な取引方法の概念でとらえられるものではない。

以上のとおりであるから、一般指定の八を適用した審決案には法令の適用の誤りがある。

なお、右のことは、従来の審決例(北海道バター株式会社外八名に対する件、昭和二五年九月一八日審決、審決集二巻一〇三ページ、株式会社中山太陽堂外六名に対する件、昭和二六年三月一五日審決、審決集二巻二五五ページ)が再販売価格維持を不公正な取引方法(昭和二八年の私的独占禁止法改正前の不公正な競争方法)としてとらえていなかつたことからも明らかといわなければならない。

(二) 当委員会の判断

ア 私的独占禁止法においては、文言上、「対価」と「取引」をわけて規定していることは、被審人の主張するとおりである。とりわけ一般指定においては、明らかに「対価」のみを規制対象としている例(一般指定の四および五)がある。これらは、公正な競争を阻害する一つの類型として、しばしば取引行為に伴う対価に関する現象を個別的に特別に規定したものである。しかし、このように対価に関しては、個別的な規制基準が指定されているからといつて、他の指定の内容が対価に関する規制と無関係とはいえない。むしろ、対価の拘束は取引の拘束とみるのが経済社会の観念であつて、このことは、一般指定の趣旨を検討すればおのずと明らかであるから、以下この点について述べる。

一般指定は、公正な競争を促進するために特定の取引方法を指定して、これを不公正な取引方法としているのであるから、一般指定の八を解釈するにあたつても、公正な競争を阻害する「取引の拘束」とはどのような形態のものかを考えなければならないこととなる。取引の相手方が第三者との間で行なう取引活動について、その取引と直接関係のない者が一定の拘束を加える場合に、それが取引自体を拘束するものであれば、「取引の拘束」となることは多言を要しないところであるが、公正な競争を促進する見地から「取引の拘束」といえる場合は、これに限られるものではない。すなわち、取引条件のうちの対価のごときは、元来自由な競争の対象となるべき事項であつて、取引の当事者が独自に判断すべきものであるから、右の当事者以外の者が、対価について拘束を加えることは、とりもなおさず取引を拘束することにほかならない。このことは私的独占禁止法第二条第七項の法意からして当然といわなければならない。

右のとおりであるから、一般指定の八中段にいう「取引を拘束する」とは、取引自体を拘束する場合ばかりでなく、対価を拘束する場合を含むものと解するのが相当である。なお、被審人が主張する市場独占のための排他的取決めを禁ずる規定は、私的独占禁止法第二条第七項第四号、一般指定の七、同法第一九条に明文をもつて規定されているところである。

イ 被審人は、現行の私的独占禁止法には、再販売価格の指示を違法とする規定はない、同法第二四条の二は不公正な取引方法を禁ずる規定の適用除外を定めたものではないから、同条の規定があるからといつて、再販売価格の指示を一般的違法行為とみることはできない旨主張する。被審人がここに再販売価格の指示というのは価格の拘束の趣旨と解されるところ、同条は、所定の実質的要件を具備する場合は、当委員会がさらに私的独占禁止法の趣旨および目的にそい諸般の事情を考慮して、一定の商品の取引について同条所定の指定をすることができ、これによつて、当該商品の取引については、一般に再販売価格維持契約を適法に行ないうることを定めたものであつて、この指定をうけていない商品の取引が私的独占禁止法上どのような評価をうけるかとは、観点を異にする規定である。右の指定をうけない商品についての価格の拘束が、違法行為であるかどうかは、改めて他の法条、すなわち同法第二条第七項および一般指定に該当するかどうかにかかわる問題である。

しかるに、さきに述べたとおり、一般指定の八中段にいう「取引を拘束する」とは、対価を拘束する場合を含むと解するのが相当であるから、相手方とこれから商品の供給を受ける第三者との対価を拘束することを取引内容として相手方と取引する行為は、一般指定の八に該当する違法な行為といわざるをえない。

なお、私的独占禁止法第二条第七項第四号、一般指定の八と同法第二四条の二の関係について付言する。私的独占禁止法による評価は、いわゆる刑法犯の評価と異なる経済政策上の評価であるから、このような評価は、必ずしも固定的でなければならないものではない。さすれば、一般指定の八によつて違法とされるべき行為であつても、前記のような同法第二四条の二の指定の手続きを受ければ、これを右評価による違法性と同質的な違法滅却理由として、同法第二条第七項、第一九条の適用を受けないこととなるのであつて、この意味で、同法第二四条の二は、同法第二条第七項、第一九条の適用除外規定である。また、同法第二四条の二所定の実質的要件にかなう限り当然に一般指定の八所定の「正当な理由」のある場合である、といえるものではなく、右の「正当な理由」は、後に述べるとおり、不公正な取引方法を禁止している私的独占禁止法の趣旨にのつとつて、別個の観点から解釈すべきものである。

ウ 被審人の本件行為が不公正な取引方法に該当するのは、自己の事業活動と直接関係のない取引関係について介入することが公正な競争を阻害するおそれがある点にある。すなわち、再販売価格維持行為の個別的事案のうちには、被審人が主張するように、販売業者等の利益のために、むしろそれらの者の要求のもとに行なわれるものがあることは否定できないとしても、同行為が不公正な取引方法にあたるかどうかは、当事者の意図あるいは当事者の合意の任意性のような主観的事情によつて決せられるものではない。同行為は、その実体をみれば公正な競争を阻害するおそれがあるので、一般指定の八中段が適用されるのである。したがつて、それが販売業者の要望等によつて行われたかどうかは、一般指定の八が適用されるかどうかを左右するものではないから、右要望等による本件行為は不公正な取引方法の概念をもつてとらえることができない、とする被審人の主張は理由がないものといわなければならない。

エ なお、従来の審決例のうちには、被審人が主張するとおり実質的に再販売価格維持行為とみうる事案を、単に共同行為としてとらえているものもある。しかし、これらの審決は、再販売価格維持行為が昭和二八年法改正前の私的独占禁止法第二条第六項第六号(現行法のもとにおける一般指定の八)に該当しないことを確定ないし前提としたものではないから、被審人が、本件行為をもつて一般指定の八に該当しないことの証左として、右各審決を引用することは適切でない。

以上のとおりであるから、被審人の本件行為は、一般指定の八に該当すると認めるべきである。したがつて、被審人のこの点に関する主張は採用することができない。

第三点 本件再販売価格維持行為は、一般指定の八所定の「正当な理由」がある場合である、との主張について

(一) 被審人の主張の要旨

一般指定の八にいう「正当な理由」とは、社会通念上の合理性のことであつて、この合理性があれば、特に法の理念に反することが明らかでない限り、常に法律上も正当な理由があるものというべきである。そして、この合理性は、独禁法的立場からみての利害得失の比較の問題である。不公正な取引方法の規制の目的は、公正な競争秩序の維持にあるのだから、行為のかたちいかんにかかわらず、競争に及ぼす影響が無視すべき程度であるとき、はじめから競争を期待できないとき、競争をしいることがかえつて公衆の経済的利益に反する結果となるようなときは、法の関知するところではないのである。したがつて、このような場合には、再販売価格を指示する等の行為であつても、私的独占禁止法で保護する競争を阻害するものでないから「正当な理由がない」行為にはあたらないと解すべきである。この観点からすれば、本件行為には、次のような一般的および個別的な特殊事情があるから、本件行為は、一般指定の八所定の「正当な理由」がある場合にあたる。

ア 商品が独占的である場合には、生産者等はいかなる大幅な利ざやをも配給業者に認めることができて、消費者の利益を害するから、たとい商標品であつても、再販売価格の指示の自由を認むべきではないが、同種の競争商品が多数存在し、この間に自由な競争が行なわれている限り、消費者に不利益を及ぼすおそれはない。

反面、現時の多量生産方式によるいわゆる銘柄品は、生産者自からそのまま最終消費者の手にわたる時の状態に商品を完成し、包装を施して一見していかなる生産者の製品であるかが識別しうるようにして市場に放出するのである。したがつて、中間の販売業者らは、その商品については供給行為を行なうだけであつて、商品の品質等に関する一切の責任は生産者に帰せられ、また、最終消費者に適正な価格で配給されることは、その商品の信用を維持し、顧客を確保するための必須の条件となる。

右のとおりであるから、商標品であり、かつ同種商品について自由競争が行なわれている限り、生産者が流通経路を把握するために本件の各登録制度をとり、流通段階の価格を制統する再販売価格の指示を行なうことは、経済上の合理性があり、不当ではない。

イ 育児用粉ミルクの再販売価格維持についてみると、それは本品の特殊性から、次のような正当な理由にもとづくものである。

(ア) 育児用粉ミルクは、全国一六〇万の乳児の主食であり必需品である関係上、生産者も販売業者も常に最底の利潤に甘んじている。したがつて、この僅少な値ざやを割つては、正常な価格競争など行なう余地はないから、この業界に関する限り、再販売価格維持を禁止することは、小売業者間の健全な価格競争を促進するといううえからは全く無意味である。

(イ) 一方、本品は、その性質上、おとりとして利用されやすい商品である。ある小売店でおとり商品として本品の廉売が行なわれれば、近隣の専門店もこれに対して値引きせざるをえなくなるが、生産者価格が引き下げられない限り、多数の専門店は、ついには本品の取扱いを廃止せざるをえなくなり、本品の販売は一部廉売店に集中することとなる。かくては、多数の健全な専門店は、その正当な営業の自由を奪われるのみならず、主として近隣の薬局、薬品店で薬剤師との相談を兼ねて本品を購入している消費者は、この日常生活の必需品たる粉ミルクの入手経路を制限され、多大な不便を味わうこととなる。これが被審人が多数の販売業者の要望にこたえて、あえて本件の各登録制度を採用した理由である。この制度は、生産者および配給業者の業者としての正当な利益を守り、ひいては消費者の利便を確保するために必要やむをえずとつた手段であつて、なんら不当な価格維持を企図したものではない。おとり販売については、一般指定の五によつて規制しうる建前となつているが、理論上も、実務上も困難な問題があつて、実際にはほとんど取り締まることが不可能な現状である。このような状態のもとにおいては本件行為は、いわば自救行為と同様の法的評価を受くべきものであり、かつまた消費者の利益のための行為としてなされたもので正当な理由ある行為と認められるべきである。

(ウ) なお現在、主要な育児用粉ミルクの生産者は、四社のみであつて寡占業界であるがゆえに、業者が恣意的に価格を引き上げるおそれがあるとの懸念があるかもしれないが、これは全く机上の空論である。けだし、業界への新規参入は容易であつて、現に新たに事業を試みようとしている者もあり、また外国資本が導入される余地もあつて、すでにわが国において生産販売に着手したものもある。したがつて、潜在競争は常に存在し、わが国の現在の小数業者が恣意的に値上げをすることなどできるものではない。

(二) 当委員会の判断

ア 私的独占禁止法第二条第七項、第一九条は、公正な競争を促進するために、その障害となる不公正な取引方法を排除しようとするものであるから、同項第四号、一般指定の八の趣旨は、同項の右法意にのつとつて解釈されなければならない。

(ア) ところで、ある者がその相手方と第三者との取引の内容について拘束を加えることは、その事項が競争の対象となる事項であれば、かかる事項は、元来その取引関係の当事者間において経済能率にしたがつて自由に決せられるべきものであるから、これに拘束を加えることは、相手方の事業活動における公正な競争を阻害するおそれがある拘束条件をつけたことにほかならない。しかし、一定の事項について拘束する条件をつけたとしても、その事項が事業活動における公正な競争秩序とかかわりのないものであれば、そのような事項についての拘束は公正な競争を阻害するものではないから、一般指定の八による規制を受けるべき事柄ではない。このような場合を私的独占禁止法の規制から除外する趣旨で、言いかえれば、右の規制対象を「公正な競争を阻害する」おそれのある拘束条件をつけた取引に限定して、これを不公正な取引方法として排除する趣旨を示したのが、一般指定の八所定の「正当な理由がないのに」との文言である。

(イ) 右のとおりであるから、被審人がその相手方である登録卸売業者および前記第一事実の一の登録特殊先小売業者と第三者である登録小売業者および一般消費者との取引における対価について拘束を加えたこと、ならびに登録卸売業者の販売先を前記第一事実の二の(二)のアのような特定の登録小売業者に限定すべき旨の拘束を加えたことが、右の相手方の事業活動における公正な競争秩序を阻害するものでない、といえない限り、本件行為について一般指定の八が適用されることは免れないところといわなければならない。

イ 一般指定の八にいう「正当な理由」は、右アに示したとおり解すべきであるから、「正当な理由がないのに」を「公正な競争を阻害するおそれ」とは異なつた観点、すなわち社会通念上、経済上の合理性の見地から解すべきであるとする見解を前提とする被審人の右(一)の各主張は、いずれもこれを採用することができない。

ちなみに、被審人は、この点に関して前記(一)のとおり主張し、参考人河合勝一(前同)、同大橋信市(前同)、同松本行弘(前同)、同植原正実(前同)、同郡司篤薫(前同)、同吉岡孝夫(前同)、同田島義博(第四回速記録(二))の各陳述を総合すれば、おおむね被審人の右主張事実にそつた事実あるいは陳述内容を認めることができるが、右アの(イ)に摘示したような事項のうち対価については、相手方が第三者との間で自由に決すべきもので、また販売先については、相手方が自由に選択すべく、いずれも相手方が第三者との間で行なう取引行為の本質的部分であつて、事業活動における競争の成り立つ顕著な事項であるから、本件行為が右のような理由を有するとしても、これをもつて、本件行為は、被審人の相手方らの事業活動における公正な競争秩序を阻害するものでないとは認めがたい。なお、被審人は、本件行為はおとり廉売に対処する行為であつて自救行為と同様の評価を受くべきものである旨主張するが、私的独占禁止法において不当廉売ないし違法なおとり販売とされるのは、一般指定の五または六に該当する公正な競争を阻害するおそれのある行為をいうものと解すべきところ、参考人大橋信市(前同)、同松本行弘(前同)、同植原正実(前同)、同郡司篤薫(前同)、の各陳述によれば、従来から育児用粉ミルクについては、卸売業者間および小売業者間にいわゆる廉売が行なわれていたことは認められるが、右証拠ならびに本件全証拠によるも、右の廉売がいずれも前示の不当廉売ないし違法なおとり販売であつて、無秩序な競争をもたらしているものと認めるに足りないし、また被審人の本件行為は、前示認定の第一事実から明らかなとおり、違法なおとり販売を行なつた者に対する処置ではないから、これをもつて正当な理由のある行為と認めることはできない。

以上のとおりであつて、被審人の本件行為は、正当な理由があるものとは認められないから、この点に関する被審人の主張は、採用することができない。

よつて、私的独占禁止法第五四条第一項および規則第六九条第二項の規定により、主文のとおり審決する。

昭和四三年一〇月一一日

公正取引委員会

委員長 山田精一

委員  菊地淳一

委員  梅田孝久

委員  亀岡康夫

委員  有賀美智子

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